スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誰か愛を証明して 

ハーゲンダッツのクレームブリュレを一口食べた瞬間、あたしの脳は350円の価値を理解した・・・


これは100円では表現できない味です。

おいしい。
何度食べても、おいしい。


妹の分にとっておこうと思ったティラミスに手が伸びる。

傷心中の姉をおいて沖縄旅行を楽しんでるんだからこれぐらいは許してもらおう、ともっともらしい理由をつけておく。

やっぱり、こっちもおいしい。





同じものを食べてもそれをおいしいと感じるかどうかは、人によって違うってことは当たり前のことだけど、
実はすごくおもしろいんじゃないかと思う。


食べ物に限らず、前に彼と(正確には別れた彼と)夜景を見たとき、
目をキラキラさせて(いたと思う)感動しているあたしの横で、彼は全く逆の切なそうな悔しそうな表情をしていたこともあったし。




物を見て、聞いて、味わって、
そしてでてくる感情って脳の中でどう法則づけられているんだろう。


どうも最近、大して詳しくない癖に脳科学に理由を求めようとしてしまう。

誰か、愛を証明して。
そういうのってバカらしいのかな。


あたしには今のままじゃ理解できないんだもの。







人は、誰かしらに必ず影響を受けて生きている。

もっというと、その影響力が大きいか小さいか、気づかないくらい小さいか、は別として、
出会った人全てに影響を受けて生きているんじゃないかと思う。

だって、何かをおいしいとか嬉しいとか感じるのって、
もともと備わった発達だけじゃなくって、
誰かとの思い出やとりとめのない会話に基づくものじゃない。

それって全部脳に蓄積されてゆくもの。






あたしは人から影響を受けることが多い。と彼(正確には別れた彼、以下略)に言われたことがある。


そんなあたしを、彼は自分がないみたいで嫌だったみたいなのだけれど、
あたしはそんな自分が好きだった。



あたしにだってゆずれないものはあるし、変わらない自分がほとんどだ。
だけど、誰かの感性に触れて、それに共感できるって素敵なことだと思うから。
だからあたしは積極的に影響される。


でも今ゆっくり考えると、あれは影響されるっていうより、共感できるテリトリーが人より(彼より)広かっただけだと思う。


自分と違うものや人を理解するにあたって必要なものって、
理解したいっていう気持ちと、
今までの体験と、
知識と、
想像力、だと思う。

だからあたしはそれらの体験とか知識とか想像力ってものを総動員して、
相手の考え方に触れたかったんだ。



それは、あたしのいいところだって思ってた。

だけど、彼にとっては違ったらしい。




同じように、彼がすきなことをあたしはすきでなかったかもしれないし、
彼が嫌いなことをあたしはすきだったかもしれない。

ひとつひとつは些細なものだったのに、
積み重ねって、恐い。


むしろ、「ひとつひとつは嫌いだけど全体としてはすき」ってドラマのセリフみたいに言えればよかったのに。





だめだ・・・

考えないようにすれば全く考えなくて済むのに、
考えることといったら彼のことしか出てこない。

スポンサーサイト

Comments

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackbacks URL
http://cappuccinonn.blog84.fc2.com/tb.php/35-0d66a9e6

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。